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見慣れた横顔 ―another side―

 ……えっ?!

 目を覚ましてすぐ、エレミアは驚いてとっさに身を引いた。思わず悲鳴じみた声を上げそうになったその口を慌ててつぐむ。
 自分が寝ている目の前、少し身じろぎしたら唇が触れてしまいそうな超至近距離で、妙齢の女性である冒険仲間のルビニが眠っていたのだ。
 
 二人で寝ているという、この状況は一体何なのか? 混乱気味の頭を急いで叩き起こし、状況を確認しつつ記憶を辿ってみる。
 まずは自分達の様子。自分も彼女も見たところ怪我をしたり服装が乱れているといった事は無い。誰か、またはどちらかが何らかの理由でもう片方を襲ったという線はなさそうだ。
 続いて今日これまでの事を思い出す。朝、知り合いの魔術師から前々から読みたかった本を借りた。昼に宿の部屋に戻って、自分のベッドに寝転がりながら読み進めた。……思い出せるのはここまで。だとしたら、自分は本を読みながら寝てしまった。そういうことになるのだろう。

 それなら尚更どうして、君がここに?

 横になりながら身を引いたその姿勢のままでルビニの顔を見つめる。彼女は自分の動きには気付かなかったようで、エレミアの寝台の端に頭と腕とを乗せるようにして、未だ静かに眠っている。
 
 『とりあえず、起きようか……』

 頬を指で掻きつつ音を立てないように上半身を起こす。体の脇に転がっていた借り物の本を拾ってとりあえず近くの棚へ置いてから、彼女に触れないようにそっと寝台の端へ移動する。靴を履こうと身を屈めた時、何か物が落ちているのに気が付いた。

 『書類?』

 ルビニがいる辺りの床に紙束やノートが散らばっている。見てみると、紙はパーティーの収入支出のメモや領収書の類で、ノートは彼女が付けている帳簿だった。拾い上げて帳簿のページをぱらぱら捲るとあちこち赤や濃紺のインクで書かれた計算の跡がある。とくにびっしり色々書き込まれている最後のページに注目すると、計算式の間違いがあった。

 『ああ、……それで……』

 ぐるっと部屋全体も見渡す。廊下に出る戸がほんの少しだけ開いていた。そういえば、部屋に戻った時に戸の鍵を閉めた記憶がない。

 ――なるほど。

 エレミアは頷いた。状況が理解出来た。彼女は帳簿の計算が合わなくて、意見を求めにここに来たのだろう。来て、鍵がかかっていなかったので部屋に入り、昼寝している自分を見つけて起きるのを待っていた。しかし待っているうちに睡魔に襲われて……。

 起こしてくれても構わないのに。

 思いながら、彼は落ちていた書類や帳簿を集めて机の上に置いた。彼女は真面目で優しい人だ。自分を叩き起こさなかったのは気を使ってくれたからだろう。
 部屋の戸を閉めて鍵をかけ、静かに寝台を振り返る。ルビニは自身の腕に頬を乗せるような形で寝息を立てていたが、夢でも見ているのか小さく呟いて身じろぎした。その拍子に腕から頭が滑り落ち、

 ――危ない!

 咄嗟に体が動いた。彼女が硬い床に体を打ち付ける前に何とか抱きとめられた。起きたかと顔を覗き込むと、彼女は何か口の中でもごもごと言っただけで目は開けなかった。

 『本当に良く寝てるなぁ』

 ほっと息を吐く。そして、こんなにぐっすり寝ているならベッドでちゃんと寝た方が体も痛くならないし目覚めが良いんじゃないかと思いついて、ベッドに寝かせて毛布を掛ける。

 これで良し。

 一仕事終わった気分になりつつ、そっと毛布から手を離す。指先に感じていた温かさが薄れる。
 
 『……あ……』
 
 その時、ふっと、脳裏にある情景が蘇った。自分の手元にいる精霊しか光源が無い真っ暗な林の中で、湿った土と血の匂いがして。近くの低木の茂みの向こうからは狼の遠吠えが聞こえて。

 「――かみさま、おねがい、します」

 白くて小さな血濡れの指が銀色の聖印を握っているのが見える。焦点の合わない赤い目が虚空を見つめている。……今にも消え入りそうなか細い声が祈っている。

 「ずっと、いいこで、います……だか、ら……まだ……」

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