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見慣れた横顔 ―another side―

 エレミアは、せがまれるままに色々な話をした。

子供の頃に親から聞いた昔話と、旅の途中で小耳に挟んだ愉快な噂話。これまで巡った土地の美しい景色、各地の珍しい料理の香りと味、わくわくと心躍る冒険譚。子供相手に話しても大丈夫そうな話のネタが尽きると明るく楽しい夢物語を即興で作って語った。
 ルビニは幼いながら聞き上手だった。楽しそうに微笑みながら切りの良い所で、それからどうなったの、だとか、すてき! だとか上手く相槌を入れてくる。エレミアは嬉しくなって、結局その日に村を発つのは止めて、昼過ぎまでを彼女とのお喋りに費やした。
 ルビニの母親であるシスターが彼女に少し遅い昼食と薬を持ってきて話が中断されなければ、エレミアは日が沈んで暗くなるまで喋り続けていたかも知れない。

 「楽しかった……! エレミア、またお話してね」

 ほんのりと頬を上気させて嬉しそうなルビニとは反対に、娘に向かって「怪我が早く良くなるように休みなさい、今日はもうお喋りは終わりにしましょう」と言ったシスターは、部屋を出ていくエレミアに向かって不安げな暗い視線を投げた。
 だから次の日の朝、エレミアはしっかりと旅荷物を纏めて、それを持ってルビニの部屋に向かった。

 「今日はどんなお話する?」

 部屋に入ると、ルビニは昨日と同じようにベッドの上でにこにこしていた。その彼女に向かってエレミアは首を横に振った。

 「昨日みたいなお話はしません。僕はこれからこの村を出ます。お別れの挨拶をしに来ました」

 「えっ、なんで?」

 ルビニは、とても驚いたのだろう、大きな赤い色の目を見開いた。そこに小さく自分の影――強張った顔をしている――が映っているのをエレミアは見た。

 流れ者だから。異教徒だから。……実は、人間ではないから。


 静かな水面に投げ込めばたちまち波を起こす石のように、居続ければ、自分はきっとこの村に小さくない騒ぎを起こすだろう。

 でも。ごくりと唾を飲み込む。本当の事はルビニには言えない。だからエレミアは別の理由を言った。

 「冬が来る前に行かなきゃならない所があるんです。……見てください」

 地図を取り出してルビニの前で広げる。彼女が覗き込んだのを確かめて、一つの点を指差して示す。

 「ここが、今いる場所。この村です。そしてこっちの街道を進んで、山と川を越えて、ここです」

 平原の中の、大きな丸で記された場所を人差し指の先でトントンと叩く。

 「交易都市リューン。僕はここに行くんです。仕事をしに」

 「お仕事……」

 「はい」

 目を見て頷く。ややあってから、分かった、とルビニも頷いた。

 「……あたし、もっとあなたとお話してみたかった。そしたらとっても楽しいんじゃないかなって思ったの。でも、行かないといけない、のよね」

 「ええ」

 「さよなら、エレミア。――神様があなたの旅路をお守りくださいますように」

 華奢な両手に聖印を握りしめて、こちらをじっと見つめて。静かに、でも歌うような軽やかさで紡がれた祈りの言葉は、幼い子供のものとは思えない程に綺麗だった。

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